ドイツでの生活

ワーホリを利用してドイツに来ました。1年間のドイツ生活について書いていきます。

謙遜について



こんにちは。

お久しぶりです。

今回は「謙遜」について書こうと思います。



ドイツ語学校の先生が、ドイツ人は何に対しても「なぜ?」という疑問を持っていると言っていました。

授業でも、何か発言すると必ず「Warum?(なぜ?」と聞かれます。

そのおかげで、少しずつですが私も「なんで?」という疑問を持って生活するようになってきました。


ドイツで暮らしていると、日本の文化が客観的に見えてきます。そして、その文化について「なぜそのような文化になったんだろう?」「なぜドイツは日本と違った文化を持つのだろう?」など色々な疑問が生まれてきます。

最近はそういった疑問に対して、仮説というか、自分なりの意見を考えることが好きです。




この間、クラスの友達から「いつも違う服を着ているね。それにスタイリッシュだよ。」というようなことを言われたとき、咄嗟に「いやそんなことないよ。それに私そんなに服は持ってないよ。」と謙遜して返事をしました。

また、ある時は他のクラスメイトに会話の流れで「痩せているから相撲なんてできないよ」と言われたときには、

「いやそんなことないよ。私の彼氏はよく太ったって私に言うよ」とまた謙遜して返事をしました。


私自身、自然と謙遜する姿勢があるのですが、ふと「どうして謙遜するのだろう?」と疑問に思いました。


以下は私なりの意見です。


昔、日本の気候は多雨でそのせい農業をする人々にとってとても困難だっため、村の人々と助け合って知恵を出し合って生活をしていたと言います。その際、自分の意見を言うのではなく村としての意見が大切にされました。

この集団意識が強い中では自分の意見を言うことは好まれませんでした。「出る杭は打たれる」という言葉があるように、集団の中でいかに目立たないように生きるかというのが重要だったのではないかと思います。

そういったコミュニティの中で謙遜する文化が生まれるのは当たり前だったと考えられます。



また、第1次世界大戦と第2次世界大戦においても、みんなで一致団結して敵国と戦うことを強いられました。

第2次大戦中に始まったラジオ体操も、政府が国民の生活リズムを統一させるための思惑があったにも関わらず、現在も続いているということに恐ろしさを感じます笑



謙遜の文化は集団主義社会の中で生まれたと考えられます。



一方、ドイツの農業は家族経営が大半を占めていたそうです。

このことから、日本よりも他人に気を使うということがなく、個人主義社会に繋がり、謙遜もそこまでしないのではないかと思います。



ということで、ドイツにいるときは謙遜しすぎず、褒められたら素直に感謝するなどして、少しでも今とは違う返し方をしたいです。